建築専門誌|彰国社|ディテール|連載
ポルトガル建測考
———— 実測ノートから考察する表現としてのディテール
Consideração dos detalhes como expressões das notas de medição reais
9年間のポルトガル滞在時に記録した"実測ノート"。それを基にした内容を、建築専門誌、彰国社の『ディテール』へ約2年に渡り連載。各回1建物についてで全10回。ディテールに焦点を絞って「描き/書き」表したものです。
自身のためだけの記録に終わるノートと、他者に向け、実のある読み物にするのとでは大きな違いがあるもので、
どのように書くか悩んだ末、ノートに記した「メモ」「スケッチ」「寸法」をベースに、「書籍で調べたこと」「建築家/構造家から直接得た話や図面」を合せ、「自身の考察」によって一括り――という形にしました。
測った表面からだけでは決して知り得ない内部の情報、しかしディテールは内なるものが表へ出ることが多いもの。
内容が表層の図/寸法/推察ばかりで溢れては仕様がないので、
そうした他の資料/情報を以て図を補完、あるいは本来的な主意を考慮した上の私論にしています。
測って描き起こした図面には、整った設計の寸法とは違う、実際の建物がもつ不揃いで端数のある現場の値が多く現れます(きれいな設計値は読者に察してもらい、あえて操作せずに極力そのままの数字で図にしました)。
また、実測は切りのない作業な上、慎重に丁寧に測ったつもりでも、不陸や測った位置の微妙な違いによって「同じそこの天井高=ここの天井高」「同じ柱上部の幅=柱下部の幅」「部分+部分+部分……=全体」のようにはピタリとそうそうならず、記録をきちんとまとまめ上げる過程は、かなり厄介なものです。
こういった「実測ならではのあれこれ」「各回の扉絵に記す訪れた場でノートに綴った印象」「原稿サイズのままに印刷された図版」などに、実際の建物を前にした体験的な空気を感じていただければと思います。
きっと、写真では気づくことがないであろう、訪問して分かるような、ポルトガル建築特有の美/スケール/施工精度、そして各建物に現れた建築家それぞれが模索した独特の細部表現を確認していただけることでしょう。
もち帰ってきた遠き国の建築を、この連載を通して紹介させていただいています。
#10
蒼に凛と在る
サンタ・マリア教会
アルヴァロ・シザ・ヴィエイラ
Igreja de Santa Maria
Álvaro Siza Vieira
6月初旬。暑気もまだ本格ではないのに烈日が灼く。あまりの過酷さに、すごすごと日陰へ引き下がってしまう。炎天の下、手をかざして見上げる眩い先に、救済の方舟……、小高い場に白亜の建物が〈凛と在る〉。
外は後に回し、早速、中へ――。ネイヴに足を踏み入れると、広い空間一杯に包み込まれた別種の空気――明るく、慈しむ柔らかさ――に息を呑む。歩みを止め、視線を巡らし、そして天井を仰ぐ。強烈な暑さも、照付ける光も、遠く外(ほか)の世界であったと……。画一的に、整然と並ぶ、質素な椅子の数多が、空虚を引き締め、フォントからポタリポタリと滴る水の音(ね)は、反響し、隅々まで染んでゆく。【神聖さ】をまとめ上げたシンプリシティの内に、特有の微に入り細に穿つ思案が存する――帰するところ、統合された完成度に宿る、解釈に広がりと深みをもつ妙趣。やはり理解は一筋縄ではいかないのかと嘆息し、同時に嬉しさが込み上げてくる。
#8
複雑な複合
ボルジェス&イルマァオ銀行
アルヴァロ・シザ・ヴィエイラ
Banco Borges & Irmão
Álvaro Siza Vieira
白き麗容は、小ぢんまりと控えめ。古い建物が建ち並ぶ街区の一隅へ収まり、広くはない間口、屋並に揃う階高、出過ぎることなく抑えた建物の高さ――。だが、自ずから平然と放つ、頑なまでに貫かれたモダンな「シンプリシティ」――先鋭なアウトラインの面容――は、時空を超えて旧時に飛来したかのごとく、古風な街では、……あまりの異彩振り。
この小さな単体のインナーには、予想だにしない形の遊戯が濃縮されている。それらは、強い主張と秩序が多々連なり、わずかに「ズレる/ブレる」協奏で、さながら巻き起こした流動/循環する世界(コスモス)。一方で、屋内外が結びつく「透明性」や「連続性」、外周部が生み出す「造形性」に、街の空間やスケールと「繋がり」や「拡がり」を請う表現の懸命さが窺える。当初のモダン過ぎたインパクト、異端への反感が、後に評価され、やがて街のものとして顕揚されてゆく所以は――まさに、これらの巧妙さゆえなのだろう。
#9
繋ぎの姿
サァオ・ペドロの入り江に架かる人道橋
ジョアオ・ルイシュ・カヒィーリョ・ダ・グラッサ
Ponte Pedonal sobre o Esteiro de São Pedro
João Luís Carrilho da Graça
運河沿いの観光エリアを南へ外れ、アヴェイロ大学に至る。ゆったり整然と並ぶ校舎群の先に、“この場”の特別がある。ヒィア・ドゥ・アヴェイロ(Ria de Aveiro)。海岸線の後退と河川の堆積が生んだ、長さ約45km、最大幅約11kmの縹渺たるラグーン。平々とした浅海、長汀、砂州、砂浜、干潟、藻場、塩性湿地、塩性植物、塩田……、それらと無窮の青天井が、抜けのある空気を平坦なここら一帯に押し拡げている。
校舎群の片隅から、すーっと引かれた地図上の「一条」は、沿岸のラグーンから続く美しいランドスケープを跨ぐ橋。目の前にするのは、軽快に翔けたユニークなジオメトリー(トラス)で、さながら風景の中で描画した三次元モデリングの「線の籠(ワイヤーフレーム)」。それが下す、ほっそりとした脚は、草の島々がまだらに現れた独特の世界に挿込まれ、蒼空と白雲を映す水鏡の内へそっと取り込まれてゆく。
#7
正真に現れる幻
ポザーダ・サンタ・マリア・ドゥ・ボウロ
エドゥアルド・ソウト・ドゥ・モウラ
Pousada de Santa Maria do Bouro
Eduardo Souto de Moura
ポルトガル北西部。ブラガ(Braga)の中心街から北東へ。川を渡り、うねる道々を疾駆する車で30分強。山の緑が囲む、閑寂で清涼な空気が満ちた地所にやってくる。堂々たる石積みの量塊、凛として空を指すベルフリーのファイニアル、威風を裾に広げた大階段……。辺鄙な地に忽然と姿を現す壮麗な建造物――浮世離れした古き人知の塊――という光景の驚きは、いかにも修道院らしい。
――建物内は粛々とし、得も言われぬ重厚で蒼古とした雰囲気が瀰漫する。静謐な空気は、客人(まろうど)の昂る旅の気分を静め、内にじわりと込み上げる静かな感動を呼び起こす。空間からの感受はやがて、場が物語る情緒に感慨へと移りゆく。古色が統一した調和から一見、補助的に施されたとも思わせる新たなデザインはその実、大掛かりな建築的介入である。設備はもちろん構造を含む床・天井・屋根、建具など(壊れたり失われたりしていたもの)が丸々刷新。それらの多くが、瞭然たる近現代な材/技術/納まりで、天井などは、H形鋼が露出する表現。この建物は、元の姿(復原/復元)にして保存という類いではない。可能な限り利用した古い殻「石」(遺構)と、すっかり放り込んだ現代の機能と技術が融合――活かされた古い「石」が基幹となり、新生する現代建築の感。ここは修道院の廃墟が、当世のホテルへと変じた「ポザーダ」である。
#6
連関を広げる箱
セハァルヴシュ財団現代美術館
アルヴァロ・シザ・ヴィエイラ
Museu de Arte Contemporânea da Fundaçã o de Serralves
Álvaro Siza Vieira
通りから鉄の門扉を抜け、壁が視界を遮る小振りなパティオ様の境域。先へと続く庇に導かれて歩を進める。それが、段を作って低くした特徴的な絞り口へ ……踏入った途端、眼界は左に。澄み切った青(そら)を緑が支える豊かなスケール(ランドスケープ)へと切り替わる。芝に悠々と横たわる白いヴォリュームの、向こうへ緩やかな弧を描いて下降する屋根が、なだらかな地と穏やかに調和。緑と白のコントラストはクリアで、場が清々しい空気を発している。この楚々たる風情のアプローチは、ここに至る道中の心を落ち着け、リセットし、これから遭遇するアートという別世界への期待を膨らませる間(ま)。それは広大な園(その)の一角にぽっかりひらけた、外と内の世界――「都市」対「公園」/「日常」対「アート」――を〈連関〉させる時と空間のバッファである。
――建物内の展示を見終え、再びここへ戻ってくる。長居をして落陽のとき、地を舐めるように這った木立の影法師は、弧の屋根をもつ建物の白壁にまで染みている。それがこの日の最も大きなアートで、抜ける門扉が敷地内に長々と忍ばせた影模様は最後のアートとなる。
#5
碧に出た小塊
カーザ・ダシ・ムダシュ
パウロ・ダヴィッド
Centro das Artes | Casa das Mudas
Paulo David
清澄な空気が吹き渡る高々とした崖の上。見晴るかす空々漠々たる<碧(そら)>と<碧(うみ)>が、遥か先でぶつかり、それらの境界で互いをぼんやり透かす。アプローチは、細長の石でびっしり覆われた水平面(プラットフォーム)が、ただただ碧落(へきらく)へと向うもので、縁(へり)がその果ての境界(水平線)に届き、重なりそうなほど。「地」が割れたような形姿と、刻まれる幾筋ものラインに点々とした植栽が、広闊で寂寞たるドライな「大地」のランドスケープを思わせる。歩みを進め、四角に切り込まれた窪み(パティオ)への降り口に至り、足元の「地」(プラットフォーム)は建物の屋根であったことに気づく。降り立ったパティオは、「地=屋根」と同じ石が壁へもまわり込み、層理を現す「地」の量塊に囲繞されるかのようだ。上で吹き抜けていた風はピタリと止み、湛えた静けさには護られた空気がある。屋内に入らず、外壁の切れ間から抜ける先の景色に歩み寄れば、床面(プラットフォーム)に蹴られていた遥か下まで広がる眺めが目界へ飛び込んでくる。圧倒する「地」の高低と急斜面、等高線のように巡った段丘・段畑と点在する民家、青碧に霞ゆく島の輪郭が重畳した連なり、……そして大海原。それらが織りなす眺望絶佳を目の当たりにするのである。
#4
古今の妙
ストゥーバル教育大学
アルヴァロ・シザ・ヴィエイラ
Escola Superior de Educação de Setúbal
Álvaro Siza Vieira
リスボンの南東30km強に位置するストゥーバル(Setúbal)。市街地から東へ、沿岸の寂れた工業地域を抜けて閑静な郊外にやってくる。電車を降りて少し歩くと、建物は現れ、まず出迎えてくれるのが、細長く背の低い付帯ヴォリューム。それには屋根がなく、壁は外の白に対し、内を赤い差し色で染めている。正面に開く巾1.1×高さ2mの小さな口が、駅から来る生徒を一人一人、赤い腹中に吸い込んでゆく。ここは、建物の門口で、別の校舎へ向かう通り抜け口でもある。そして、学校生活の物語、日々のプロローグとエピローグにもなるのだ。
この辺りでは、緩やかに起伏した草地にコルクガシやオリーブが点在する典型的な南部の農業景観を目にできる。建物は、古くから存するそんなランドスケープの中にあって、ゆったりうねる緑の野面(のもせ)へ、広げた白い幾何形構成が、凛としつつ周囲と打ち解けている。透徹した青と眩い日差しの下、目に映ずる姿に、ひと際、清爽で清麗な存在を感じるのである。
#3
新旧の結び
フロール・ダ・ホォーザ修道院のポザーダへの適応
ジョアオ・ルイシュ・カヒィーリョ・ダ・グラッサ
Adaptação do Mosteiro de Flor da Rosa a Pousada
João Luís Carrilho da Graça
修復・復元された既存建物のもつ雰囲気が絶大だ。その神秘と威厳を兼ねた古色蒼然たる重厚なマッス「クラシック」へ、現代に増改築されたホテルの軽快なシンプリシティ「コンテンポラリー」が付帯する。花崗岩積みでできた垂直強調の大きなヴォリューム構成が、大地に乗る既存建物の外観。真っ白なパネル状のRCによる水平強調の組み合わせが、大地に浮くアネックスの外観。それら両者の噛み合わせは、造形・素材・色彩・新旧の表現において、あまりに瞭然たる対比の見場を作っている。厳つい「クラシック」の中を抜けた奥、そんな白い「コンテンポラリー」な客室へ辿り着き、窓外に見るのは低木と草地が続く茫々たる農場の眺め。遠くで、牛が鳴き、鶏が叫び、犬が吠え、羊の群れが首のベルを奏でている。こんな田舎くんだりなのかと改めて感じ、「コンテンポラリー」な建物と農場の風景というゆくりなく現れた印象の落差と、都会では聞き慣れない長閑な喧騒に拍子抜けしてしまう。周辺は、昔からそう変わらぬままだろう。きっとこの建物だけが多くの変遷を経てきたのだと。
#2
川辺にずれる矩形
ヴィアナ・ドゥ・カシュテロ公立図書館
アルヴァロ・シザ・ヴィエイラ
Biblioteca Municipal de Viana do Castelo
Álvaro Siza Vieira
緑の平面に悠々と置かれた、シンプルな形の構成を見せる巨大な白いマッス。旧市街をバックに、これの輪郭「直線/直角」のシャープネスが、清新な空気をこの地へと吹き込む。ダイナミックにリフトアップしたヴォリュームの一部と大地との狭間には、横長にフレーミングした向こうの川辺の風景が抽出され、それが何とも絵になり、行き交う人もその一コマを作っている。上部に展開したずんぐりと重いヴォリュームには、水平連続窓が長々と開き、そこに取り巻いた薄く長く軽やかに刎ね出すバルコニーと庇が、さらに水平を高調して、ファサードへ深く鋭い表情を添える。ここの内部、2階書架・閲覧スペースに入ると、外部地上で見た横長に切り取られていた向こうの風景を、その水平連続窓により再び横へ細長く切り取られて眺める、という「視点枠のリフトアップ」に導誘される。この1階でも、2階でもという段階的アクションによって再び目に投影される<矩形>をした「細長の絵」は、この地で唯一この建物のみがもつ人の心に留めさせる情景となる。
#1
大航海時代への窓
ポルトガルパヴィリオンEXPO’98
アルヴァロ・シザ・ヴィエイラ
Pavilhão de Portugal na Expo'98
Álvaro Siza Vieira
雲一つない真っ青な空をバックに巨大なカテナリーの白い面が浮く。緩く垂れ込めた曲面の裏には反射光によって強さを和らげた影がぼーっと貼りついている。想像だにしない圧倒する大スパンとシンプルな造形の出現。それは、この場に名状しがたい異の光景を創出する。あまりのスケール感に下を通りゆく人の姿が小さい。大面積のキャノピーの下に入った瞬間、逆さ穹窿(きゅうりゅう)形に空間がやんわり押されたような、何やら空気が変わるのを感じる。空間は塞がれることなく、周囲の環境とつながり、向こうへ大きく抜けて開放的なのに。 ……やはりここは、周辺とは別の世界だ。反響する音もまた、この空間へ入ったときに周囲と違った感覚を覚える要因の一つである。デザインとしては、ある種、最小限の要素で、しかし、最大限の効果を以て異(い)なる空間が生み出されていると言えるかもしれない。両側にある箱状のポルティコ、それらから吊られたキャノピーと大地との間にできる関係性によって。